ふるさと高岡の歌詞

2018年10月15日 00:00



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富山県高岡市の高岡市民の歌「ふるさと高岡」が物議をかもしている。とある団体から「男だけを賛美している」とクレームがついたそうだ。

うーん、歌詞を調べた限り、女から見た男と言う内容で、歌詞には女が出てきていないものの、問題の二番の内容はそんな男を見守る包容力のある女を歌い上げているように感じる。恐らくそれを「りりしい男を愛するだけしか能が無い女」と曲解しちゃったのだろう。

これが歌謡曲や演歌だったらこんなクレーム、おとといおいでであろうが、「市民の歌」として書かれた、ここに若干の問題はあろう。つまり、「難癖、突っ込まれやすい歌詞」になってしまった。

作詞者の林真理子が手直しすると申し出ているそうでこれに関しては一件落着しそうだが、今後もこういうのが増えていったら日本は「表現が出来ない国」になってしまう。

これは外野がとやかく言う問題ではなく、高岡の市民がどう感じているかであろうが、では海外ではどうなのだろうか?。

例えばアメリカジョージア州の州歌はレイ・チャールズの「我が心のジョージア」であり、これは男の目線で女を歌っている。今回クレームを付けた団体だったら「男目線で女を語るな!」、などと即日クレームする内容なんじゃなかろうか?。

テネシー州はそのまんま、「テネシーワルツ」が州歌として認められている。これなんて不倫、略奪愛の話だ。ルイジアナ州の「ユーアーマイ・サンシャイン」も略奪愛を描いている。

これらの曲が州歌として適しているのか、是非とも今回クレームを付けた団体に問うてみたい。




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