竹ぼうきのある風景

2019年06月27日 00:00



竹ぼうきのある風景

Pentax K20D, smc PENTAX-FA28mmF2.8AL


何故か竹ぼうきを見つけるとすぐにカメラを構えちゃう。
竹ぼうきだけじゃない。一般的なほうきや熊手まで・・・。 本ブログやもうひとつのブログ、でもそこそこの頻度で登場していたりする。


漁港って意外と派手だったりする

2019年06月23日 00:00



漁港って意外と派手だったりする

Pentax K20D, smc PENTAX-FA28mmF2.8AL



仕事は楽しくやらんとね!

2019年06月21日 00:00



仕事は楽しくやらんとね!

Pentax K20D, Tamron 70-300mmF4-5.6 Macro


汗水たらして?、そんなのもう古い、古い!


下町の人間は周辺は全部自分ちの庭と勘違いしている

2019年06月19日 00:00



下町の人間は周辺は全部自分ちの庭と勘違いしている

Pentax K20D, smc PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL


北千住から程近い金八先生のロケ地辺りでのコマ。

路地を歩いていると左右に植木鉢が並べられている。下町にありがちな風景だ。狭い路地には私道も多いので日本の一般的な法律が当てはまらない事も多いらしいが、下町の路地が狭いと感じるのはこの並べられた植木鉢のせいだったりもする。これが全て撤去されたら軽自動車くらいなら楽に走れるのに・・・、そう思う路地が非常に多い。

そして河川敷界隈ではこの写真のように明らかに私道ではなく公道に物干しを設置し洗濯物を干している。恐らく誰にも迷惑を掛けていないだろうから、目くじらを立てる程ではないものの、大胆過ぎて「いや、ここまでやっちゃいかんだろう」と思ったりもする。

でもこれが下町の風景なのだ。この手の風景が景観を損ねるとかで不快に思ったら決して下町には住めないし、下町を散歩し、写真を撮る資格はない。


かつて月島に存在した裏路地

2019年06月17日 00:00



かつて月島に存在した裏路地

Pentax K20D, smc PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL


かつて月島一丁目界隈にあった裏路地の風景。2011年の撮影。

この日、こんな風景ばかり撮っていたら地元のおばちゃんが「こんな風景も来年くらいから見られなくなるのよ」と・・・。

えっ?、なんで?。どうやら再開発されるらしい。しかも大規模再開発で、街そのものが全て変わってしまうくらいに・・・。

そんな馬鹿なと思っていたら数年後、ふとした事でGoogle Mapの航空写真にて、一目で一丁目界隈が壊されているのが判った。しかもあの有名なもんじゃストリートも再開発の対象となっているではないか!。

日本は国土が狭いので旧市街として文化、建築遺産を残せないのは判るものの、もう東京で撮るものねぇなぁと近頃思い始めている。

写真撮影のモチベーションを上げるのはカメラ、レンズと言った機材を新調するのが最適だったりする。しかしだ。撮りたいものがなくなってしまったら幾らカメラ、レンズを買い換えてもモチベーションは決して上がらない。


植物万歳

2019年06月13日 00:00



植物万歳

Pentax K20D, smc PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL


蔦系の植物が人工物を侵食している風景を見るとワクワクしちゃう。


ブラックジャックキャット

2019年06月11日 00:00



ブラックジャックキャット

Pentax K20D, smc PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL



トタン万歳

2019年06月09日 00:00



トタン万歳

Pentax K20D, smc PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL



下町オブジェ

2019年06月07日 00:00



下町オブジェ

Pentax K20D, smc PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL



名残り

2019年06月05日 00:00



名残り

Pentax K20D, smc PENTAX-DA18-55mmF3.5-5.6AL


路地の中央に排水溝、いわゆる「どぶ」のある風景。東京では極一部でしか見掛けられない。

一説には江戸時代のスタイルだと言う。現存する中央に排水溝のある路地が江戸時代からあったとは言い切れないものの、当時の文化を今も引き継いでいるのは事実だろう。

うちの界隈、下町と言えば聞こえは良いが、江戸時代は江戸郊外、村だった場所であり、長屋が密集していた筈も無く、子供の頃を思い出してもこの手の中央に排水溝のあるタイプの路地は無かったと思う。

今日の写真は佃島での撮影で、ここの路地の多くはこの手のタイプだった。江戸時代、辺りは繁華街では無かったろうが、隣の石川島にはあの鬼平犯科帳で有名な火付盗賊改長官の長谷川平蔵が作らせた人足寄場(無宿人の職業訓練所)があった。その際に埋め立てられて石川島と佃島がひとつになったと聞いており、また佃島は佃煮で有名で、猟師の村としても形成されていたろうから、その関連から周辺はそこそこ賑わっていたと思う。




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